飯塚幸三の判決

飯塚幸三の判決が軽過ぎると国民が大きく声を上げてます。「求刑レベルで禁錮7年」は、当時現場にいた官僚の指示か。

結局、官僚の忖度が入り、検察官も禁錮7年という軽い求刑しか出せなかったのではないか。

前提として、求刑とは検察側の意見に過ぎません。裁判官の判決が、検察の意見に縛られることはないようですが、裁判官が求刑よりも重たい刑を出すことは殆どないとのこと。(裁判員が行う裁判を除く)

つまり、飯塚幸三は、禁錮7年よりも軽い判決が下される可能性が高確率ということです。これは、裏で官僚の動きがあったのではないだろうか。

現場にいた、中村格と北村滋、そして、飯塚幸三の息子に迫る。

追記:飯塚幸三被告に対する判決の結果は、禁錮5年という実刑判決となりました。

飯塚幸三の判決が軽過ぎる

過失致死傷の上限いっぱいを求刑したか。
年齢的なことを考えて禁錮刑にしたのはあれだが、現行法律でできる最大限したことは評価できる。

あとは裁判官がどう判断するかだが、無罪主張で反省もせず、遺族や負傷者に一切の補償をしていないことから、このまま7年になるかもしれん。軽いのは軽いけどね。

だが、被告には判決よるも勲章取り上げのほうが効果がある。ここからは早く確定させ、政府に迅速な勲章取り上げを望む。
もし自分だったら車が故障していたとしても、被害者のことを考えたら刑に服する。それが弔いとしての最初の一歩。

そもそも予約したフレンチに間に合わないから車をとばしたことだってわかっているはず。それでも無実を主張するようでは人間として最低。上級どころか最下級にも満たない。

しっかり服役して反省してほしい。
最初は事故のないようもさることながら「逮捕されない」という上級国民ぶりが批判の対象だったが、公判で一貫して罪を認めず、「車が壊れていた」「アクセルは踏んでおらず過失はない」という戦略をとっているのを見るにつれ、ただの反感を超え国民的な憎悪の対象となってしまった。

否認することで裁判を引き延ばし、高齢を理由に実刑を回避する法廷戦術では?という疑念もあり(たぶん有罪になったら控訴するでしょう)、収監すらされず自宅で余生を過ごすのであれば、何のための法律で、何のため裁判なのかわからなくなる。

禁固7年でも軽すぎるくらいと思うが、せめて判決通りの刑罰に処していただきたい。

飯塚幸三の判決は求刑より重くできる!但し、裁判官次第

飯塚幸三の判決は求刑より重くできます。但し、これは裁判官次第です。冒頭でもお伝えした通り、求刑とは検察官の意見に過ぎません。司法関係者によると、検察官、裁判官にはルールがあるようです。

  • 検察官の求刑は、理想の刑の2割増し。
  • 裁判官は、求刑に8掛けして判決する。

(1.2✖️0.8なので、96%の計算)

裁判官、検察官が口に出さなくても了解している暗黙のルールとも言われています。この基本ルールがあるため、基本的に裁判官は求刑より重くしないのでしょう。

事件求刑実刑
(懲役)
執行
猶予
傷害罪罰金
20万円
8月2年
兄殺害懲役
11年
12年なし
放火殺害懲役
9年
10年なし
監禁殺害懲役
18年
20年なし
殺人幇助懲役
6年
7年なし
交際相手殺害懲役
20年
22年なし
交通死傷事故懲役
15年
16年なし

勿論、表の判例のように例外もあります。求刑よりも実刑が重くなっていますよね。

「飯塚幸三は禁錮7年じゃ足りない!15年は必要だ」なんて声もありますが、判例をみる限り求刑から実刑が大きく変わることはないでしょう。

こんな判決は軽過ぎるだろう。どうしてこんな結果に進んでいるのか。その理由は、背後に官僚の指示があったと疑ってならない。次は、3人の男の影に迫ってみる。

飯塚幸三の判決が軽過ぎる理由は「背後に官僚の指示」

飯塚幸三の判決が軽過ぎる理由は、背後に官僚の指示があった。その疑いが拭えないのは、当時の現場写真に映っていた2人の官僚。

飯塚幸三の事故現場に北村滋と中村格の影01
飯塚幸三の事故現場に北村滋と中村格の影01
  • 中村格(当時、警視庁刑事部長)
  • 北村滋(当時、内閣情報官)

いくら悲惨な交通事故でも、警視庁刑事部長、内閣情報官がすぐに現場に駆けつける事態。何やら指示を出している様子にも見えなくないです。これでは、上級国民と言われてしまっても無理ありません。

飯塚幸三の事故現場に北村滋と中村格の影02
飯塚幸三の事故現場に北村滋と中村格の影02

指示を出しているのではないかと疑いの目を向けてしまう理由は、中村格が「山口敬之の逮捕状を握り潰した」過去を持っているからです。伊藤詩織事件といえば、聞き覚えがある人が大多数ではないでしょうか。

中村格は逮捕状を握り潰し「伊藤詩織事件」

中村格は逮捕状を握り潰した過去を持っています。裁判の審理、訴状で明らかにされた経緯はこちらです。

  1. 2015年4月03日:山口敬之は一時帰国中に、伊藤詩織と会食。
  2. 2015年4月04日:山口敬之は伊藤詩織に対し、準強姦行為。(疑い)
  3. 2015年4月09日:伊藤詩織は、原宿署に被害届。
  4. 2015年4月30日:高輪署は準強姦の容疑で、告訴状を受理。
  5. 2016年6月08日:東京地裁が逮捕状を発行。
  6. 2016年6月08日:高輪署員は中村格の命により、山口氏を逮捕せず。

2017年5月25日号の週刊新潮では、成田空港で帰国する山口敬之を待っていたところ、中村格から「本件は警視庁で預かる」と主張があり、逮捕が無くなったとのこと。

飯塚幸三の息子が情報揉み消しか

事件直後、飯塚幸三は息子に電話。飯塚幸三は、息子に情報を消すように指示を出したという話です。

  • Facebookアカウントの削除
  • 自宅の固定電話番号の削除
  • 事故後、ホテル生活に即移動

まずは、救急車、警察を呼ぶべきであるにもかかわらず、我が身可愛さか保身に走った飯塚幸三。

「アクセルがもどらなくなって、人をいっぱいひいてしまった」

飯塚幸三は、息子に対してこんな電話をしていたことが分かっています。このような証言から、息子が情報を揉み消して回ったのではと噂が流れたんです。

この後に、飯塚幸三のWikipediaの事故内容削除されている話に焦点をあてますが、これほどの対応を息子1人で実行できたとは思えません。

輝かしい功績を残した飯塚幸三を守るために、現場に降りてきた中村格と北村滋が一役買ったと思えてなりません。

飯塚幸三のWikipediaは事故内容を消される「編集ロック状態」

飯塚幸三のWikipediaは、事故内容を全て削除しています。更に、編集ができないようにロックもかかっています。画像を見て頂ければ、分かりますが「交通」と検索しても結果なし。

飯塚幸三のWikipedia1枚目
飯塚幸三のWikipedia1枚目

「事故」と検索しても結果なし。

飯塚幸三のWikipedia2枚目
飯塚幸三のWikipedia2枚目

「池袋」と検索しても結果なし。

飯塚幸三のWikipedia3枚目
飯塚幸三のWikipedia3枚目

なんだこの分かりやすい抵抗は…と誰もが思う行為。

事件が起こった場合、Wikipediaはすぐに情報が更新されますが、同時に荒らし(本当にふざけた、嫌がらせの内容)も多く出てきます。このような荒らしを防ぐために編集を禁止する状態になることはよくある話です。

しかし、事件の内容そのものが削除されることはありません。これは極めて異例でしょう。念のために「東池袋自動車暴走死傷事故」を覗いてみると、こちらは飯塚幸三の名前が一切書かれていませんでした。

画像の▲と!のマークがある注意書きには、「加害者の氏名を記載することは、削除の方針に抵触するためお控えください」と明記があります。圧力はかかっていないとどうしても思えないです。

東池袋自動車暴走死傷事故のWikipedia
東池袋自動車暴走死傷事故のWikipedia

と、ここまで読むとWikipediaは圧力に屈してしまったのか!?と思ってしますが、そんなことはありません。Wikipediaはきちんと2箇所に記録を残しています。(流石です)

  • 編集履歴に削除内容アリ
  • English版のWikipediaに事件概要アリ

情報の揉み消しを行なった担当者が急いでいたためか、そこまで気が回らなかったのかは分かりませんが、個人的には、WikipediaがWikipedia自身の目的のために行動したささやかな抵抗と考えます。

ウィキペディアの目的は、信頼されるフリーな百科事典を

――それも、質も量も史上最大の百科事典を創り上げることです。

ラリー・サンガー

飯塚幸三は実刑判決が濃厚「3つの理由」

飯塚幸三は実刑判決が濃厚と文春が発表しています。その理由は3つ。

第一に、一般に裁判官の量刑判断の相場は「求刑の7~8掛け」。禁錮7年の求刑で仮に有罪となれば、執行猶予(上限5年)が付く公算は極めて低い。

第二に、検察側は冒頭陳述で01年に同種の前科一犯(自転車との接触事故、略式処分)があると明らかにしたほか、論告でも10年頃から今回の事故までに計5回の物損事故を起こしたと指摘。飯塚被告は情状面でも劣勢に立たされている。

奇しくも6月29日には、高知地裁の裁判員裁判で、検察庁舎で放火未遂事件を起こした男(97)に懲役5年の実刑判決が言い渡され、“最高齢記録”が更新されたばかり。実刑か否かは事案の重大性や犯行の悪質性による面が大きく、被告の年齢が過度に考慮されることはないというのが、第三の理由だ。

出典:文春オンライン

刑事訴訟法は、条件によって実刑判決の執行停止が可能と定められています。

  • 刑の執行で著しく健康を害するおそれがある
  • 70歳以上である

しかし、本件は世間の注目が大きい上、遺族が処罰を求める感情が強いことから、執行停止の可能性は低い見方も強いです。

飯塚幸三の事故概要

  • 事故発生日時:2019年4月19日午後0時25分頃
  • 事故発生場所:板橋区の自宅から文京区のレストランの間
  • 事故の自動車:トヨタのプリウス
  • 事故時の時速:90km以上
  • 事故の被害者:2名が死亡/8名が重軽傷

乗用車に妻を乗せ、ガードレールに衝突。その後、時速60km、時速84kmと加速し、150mほど暴走。はねられて死亡した方は、500m先まで飛ばされています。

飯塚幸三は、2018年頃から足に不調を訴えており、杖を使用した歩行生活を送っていた。近隣住民によると、車庫入れがうまくいかない様子はよく目撃されていたとのこと。

初公判の罪状認否で飯塚幸三は

「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶しており、車に何らかの異常があって暴走したと思っています」

と起訴事実を否認しています。しかし、エアバッグなどは正常に作動し、乗用車に機器トラブルの確認は取れていない状況。加えて、トヨタはEDR「イベント・データ・レコーダー」という機能で技術的に機器トラブルがなかったことを証明しました。

足元に運転の邪魔になるような落下物なども見つかっておらず、ペダルに物が挟まったという事象も考えられません。よって、運転操作のミスによる可能性が高いとされています。

飯塚幸三のプロフィール

飯塚幸三のプロフィールです。

  • 氏名:飯塚幸三(いいずかこうぞう)
  • 生年月日:1931年6月1日
  • 年齢:90歳
  • 出身:東京の中野区
  • 好きな科目は、理科。

飯塚幸三の学歴

飯塚幸三の学歴です。

  • 中学:東京府立第四中学校/現在の都立戸山高校
  • 高校:旧制浦和高等学校/現在の埼玉大学前身
  • 大学:東京大学理科1類工学部応用物理学科の計測工学専修

大学ではオーケストラに所属し、クラリネットを担当。卒業研究は、光学に関する研究。

飯塚幸三の経歴

飯塚幸三の経歴です。

  • 国際度量衡委員会の副委員長(日本人初)
  • 世界計量記念日を提唱/5月20日
  • マルチステップ法の開発者
  • 国際計測連合の会長/英語版・IMEKO
  • 軽量研究所所長
  • 工業技術院長
  • クボタ取締役/常務・専務・副社長を歴任
  • 日本計量振興協会の会長
  • 計測自動制御学会の会長
  • 日本工学アカデミーの副会長
  • 日本工業標準調査会の副会長
  • 瑞宝重光章(ずいほうじゅうこうしょう)の受勲
コメントを残す

CAPTCHA