青天を衝けロケ地安中市のどこ?血洗島村や桑畑は群馬は松井田町が撮影場所?

青天を衝けのロケ地は安中市のどこにあるのでしょう?

血洗島村や桑畑は、群馬県の松井田町が撮影場所だと思われます。

桑畑や藍畑が広がる血洗島村のセットは、東京ドーム5個分です。

広さが東京ドームが5つ入る松井田町のセットは、群馬県、そして安中市のどこか?を解説します。

この記事で分かること
  • 青天を衝けの撮影場所ロケ地はどこか
  • 青天を衝けの撮影場所ロケ地の情報
  • 青天を衝けの撮影場所ロケ地への行き方

青天を衝けロケ地安中市のどこ?血洗島村や桑畑は群馬の松井田町が撮影場所?

青天を衝けのロケ地は、安中市のどこなのでしょうか?

血洗島村、そして桑畑は、群馬県の松井田町が撮影場所となりました。

青天を衝けの序盤では、その桑畑が広がる血洗島村で奮闘する栄一が、描かれます。

この風景が、群馬県安中市の松井田町にNHKによって作られた巨大なオープンセットだというのです。

ぜひ見てみたいとファンなら思いますよね。

では、どこにロケ地撮影場所である松井田町が、あるのかを見て行きましょう。

青天を衝けロケ地血洗島村:栄一の地元

青天を衝けのロケ地である血洗島村が、栄一の地元です。

1840年(年号では天保11年)2月13日、武蔵国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部)の榛沢(はんざわ)郡血洗島村(現在は埼玉県深谷市の血洗島)にある藍玉農家の長男としてこの世に生を受けた栄一。

江戸時代には、中山道の宿場町として栄え、幕府直轄の天領だった深谷。

その深谷宿から北へ約1里半(6km)のところにあったのが、血洗島村で栄一の地元です。

中山道に加え、近くには利根川もあり、交通の要衝地帯に接していたため、物資や情報が行き交っていて、栄一にも影響をもたらしました。

また産業としては、養蚕と藍玉の生産が盛んでした。

これは、利根川の氾濫が多い土地柄で稲作に向かなかったからです。

栄一の実家も父を中心に養蚕や藍玉を作っており、裕福な家庭でした。

青天を衝けのロケ地については、公式サイトの撮影メイキング記事にも少し載っています。

青天を衝けロケ地は東京ドーム5個分!?

青天を衝けのロケ地は、なんと東京ドーム5個分の面積もある大きなセットです。

これには驚きですね。

既にお伝えしたように、血洗島村のセットが作られた場所は、現在の血洗島(埼玉県深谷市)ではなく、群馬県の安中市です。

安中市と渋沢栄一のも深いつながりについては、上毛新聞の記事にもありますね。

さらに安中市のどこにあるのか調査しました。

青天を衝けのロケ地に関するキーワードを、いくつか入れてTwitterでエゴサーチしてみると、地元らしき人のツイートにあったのは「松井田町」と言う記述。

そこで、安中市の松井田町松井田という場所について調べてみました。

>>Wikipediaの松井田町松井田に関する記事を見てみる。

安中市松井田町松井田
緯度北緯36度18分47秒
経度東経138度48分7秒
郵便番号379-0222
市外局番027
面積1.54㎢
人口1,198人

この松井田町にあるオープンセットが、東京ドーム5個分あるのですね。

青天を衝けロケ地安中市のどこ?血洗島村の情報

青天を衝けのロケ地が安中市のどこ?に続いては、血洗島村の情報です。

以下の2点についてとなります。

  • 血洗島という名前に関するいくつかの由来
  • その由来となった伝説

安中市に再現された血洗島村のロケ地が、どこにあるのか、青天を衝けの情報と併せてお伝えします。

青天を衝けロケ地安中市:血洗島の由来

青天を衝けロケ地の安中市にある血洗島。

その由来について調査しました。

以下の3つの説が有力です。

まず1つ目は、赤城山の霊が、他の山の霊と争った時に傷ついた片腕の血を洗った。

これはまさにそのもの!

渋沢栄一デジタルミュージアムの記事には「片腕をひしがれ」などとあります。

「ひしがれる」とは、押しつぶされるという意味らしく、恐ろしげな状況ですね。

2つ目は、アイヌ語で「岸」や「末端」を表す「ケッセン」の当て字で「血洗」となった。

なぜ岸や末端がこの地と関係あるのかを調べましたが、わかりませんでした。

3つ目は、平安時代に活躍した武将の家臣が、戦争で斬られた腕の血を洗った。

1つ目の山の霊と同様、傷口の血を洗ったという説となります。

この他では、利根川の氾濫により「地が荒れた」事から「チアラジマ」と呼ばれたという説もあるようです。

血洗島という名のとおり、いろいろと逸話の物騒な物が、多いですね。

青天を衝けのロケ地となった安中市の住民も、こんな物騒な由来だとは知らないかも?

そこで、3つ目の由来となった伝説について、この後、詳しくお伝えします。

青天を衝けロケ地安中市:血洗島の伝説

青天を衝けのロケ地である安中市にある血洗島。

その伝説に関係する武将は、源義家です。

八幡太郎義家として有名ですね。

1083年に奥州(今の東北地方)で起きた後三年の役に出陣した義家。

彼の家臣が、その戦いで敵に腕を斬り落とされました。

彼は、その腕を惜しんで故郷に持って帰り、血を洗い流してお墓を作って埋葬したと言われています。

それで血洗島です。

その家臣が誰なのかは、特定が出来ていません。

ちなみに現在の血洗島の近くに、手計(てばか)という地名がありますので、この伝説と関係あるかもしれませんね。

安中市にある青天を衝けロケ地のセットを見たら、血洗島村の名前の由来にまつわる、この伝説に思いを馳せてみてください。

青天を衝けロケ地安中市のどこ?血洗島村や桑畑の行き方

青天を衝けのロケ地である安中市のどこにあるのか?

血洗島村や、そこの桑畑の行き方を調査してみました。

詳細な場所までは特定出来ていないため、東京駅から安中市役所松井田支所への電車での行き方となります。

東京駅からは、北陸新幹線・上越新幹線で『高崎駅』まで行き、信越本線に乗り換え『西松井田駅』へ。

新潟駅からは、上越新幹線で『高崎駅』まで行き、信越本線に乗り換え『西松井田駅』へ。

長野駅からは、北陸新幹線・長野新幹線で『高崎駅』へ行き、信越本線で『西松井田駅』へ。

安中市役所のホームページによると、西松井田駅から松井田支所までは、徒歩で5分との事です。

ロケ地を探すヒントとして、青天を衝けの公式サイトの撮影メイキング記事中に「元々あったひこばえの木(後略)」とあります。

こちらは、セットではなく地元にあった『なら』の木のようです。

それを手掛かりに、血洗島村や桑畑のセットはどこかを探してみてください。

青天を衝けロケ地安中市のどこ?血洗島村や桑畑は群馬の松井田町が撮影場所まとめ

青天を衝けのロケ地は、安中市のどこか?

血洗島村や、そこにある桑畑は、群馬県の松井田町が撮影場所として使用されました。

まとめると以下の4点。

  • ロケ地の撮影場所は、群馬県安中市松井田町
  • オープンセットの面積は、東京ドーム5個分
  • 名前の由来は、山の霊、アイヌ語、武士
  • 由来にまつわる伝説の武士の主は、源義家

青天を衝けの主要な舞台である血洗島村。

そして、血洗島村の大きな桑畑が、どこにあるのか。

以上、まとめでした。

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